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June 06, 2004

マッシュアップについて考える----そこに愛はあるのか?

 マッシュアップはエクスプロイテーションでしかないと書いたら、複数の方々からその考え方はおかしいのじゃないかというご指摘をいただいた。そこで、改めて自分なりのマッシュアップに対する考えをまとめてみる。

 まず、「エクスプロイテーション」という言葉の定義を明確にしておかなければならないだろう。ココを見てもらえば判ると思うけれど、実は、搾取というネガティブな意味に加え、活用するみたいなポジティブな意味合いもある。

 マッシュアップを語る上で、あえて「エクスプロイテーション(exploitation)」という言葉を選んだのには、「クリエイション(creation)」と対比させるために、そのダブルミーニングを込めたかったから。しかし、今ちょっと調べてみたら、どうやら日本語では、「搾取」という意味や、特殊な「エクスプロイテーション映画」といった使い方しかしないことに気がついた。自分勝手な言葉の使い方になったようで、かなり失敗だったかも…。

 ちょっと脱線するけど、欧米のレコード会社でベスト盤やコンピレーション盤、旧譜のリマスタリング盤と言えば、それらはすべてエクスプロイテーション製品。もっとも、そういう言葉の使い方は、日本のレコード会社でも限られた部署でしか行わないかもしれない。

 さて、マッシュアップについて。マッシュアップがこれほど普及してきた理由は、説明するまでもなく、パソコンと音楽編集ソフトの機能がとんでもなく向上したから。アナログ時代では想像も出来なかったようなサンプル&編集作業が、ボタンを押していくだけで出来てしまうと言っても過言じゃない。

 ここで気になるのは、そういう作業があまりに簡単に出来てしまう点だ。ちょっと手の込んだRPG等をプレイするのと同じように、マッシュアップするという行為自体が目的となり得るほどだ。つまり、「何かを表現したい」からマッシュアップという手法をとるというよりは、「マッシュアップ出来てしまう」ので、手元にあるCD音源を使い、出来上がったものをひたすらネット上へアップロードするという状態に陥りやすいということ。

 「何かを表現したい」という衝動の正当性をどこで線引きするかは難しいけれど、マッシュアップすることが目的となってしまった場合、そして出来上がったものをアップロードしまくれば、それは搾取としての意味合いが強いエクスプロイテーションでしかないし、著作権へのテロ行為となってしまう。

 ここまで書いてきて、昔、サンプラーという機械(楽器?)が普及してきた時にも似たような議論が起きたことを思い出した。「サンプリングは音楽への冒涜か?」というやつね。

 当時、機会があって「サウンド&レコーディング」という雑誌で拙文を書かせてもらったのだけど、そこで出した結論みたいなものは「リスペクトがあるかどうか」ということだった。つまり、著作権がどうのという以前に、アーティストがサンプリングしたい理由を考えなければならないというもの。

 ぶっちゃけた話、サンプリングする一番の理由は、「好き」な音があってもそれを自分じゃ再現できないから使ってしまう訳だね。だから、どれほど「好き」なのか、なぜ「好き」なのか、「好き」という気持ちをどういう風に相手に伝えるのかみたいなことを、まずは自分に質さなければならない。まぁ、恋愛みたいなもので、どれだけ愛しているかを、相手も納得できる形で正当化する必要があるだろうと。

 あの頃、JASRACはサンプリングの存在を断固として認めようとしなかったし、日本のレコード会社は制作現場でサンプリングを使っても、それを法的に処理できるだけのノウハウを法務部門は持っていなかった。「ヘッド博士」はある意味そういう体制への喧嘩だったわけだし、オレは知らなかったけど、サンレコの記事は一部で問題になってたらしいし(笑)。今だにサンプリングという行為は音楽業界の中で「グレー」な存在のままであることは間違いないだろう。もちろん、サンプリングもエクスプロイテーション行為の1つだと認識してます、オレは。

 結局、マッシュアップもサンプリングと同じで、そこに愛があるかどうかが問題なんだと思う。ただ、愛情があるのとエクスプロイテーションであるのは別の問題。そして、著作権を誰がどのように管理すべきかを議論するのは、マッシュアップとは別の場所で行わなければ、逆に今ある権力に弱みを握られるだけのような気がする…。

 最後に、カバー作品というのは、音楽出版社や自作自演をしている楽曲著作権者から見れば、明らかにエクスプロイテーションな訳です。で、Elektraというレーベルが40周年を記念して出した限定コンピレーションアルバム「Rubaiyat: Elektra's 40th Anniversary」というものがある(日本盤「ルバイヤート」は現在も入手可能な様子)。これは、Elektraがそれまでの40年間で発売したヒット曲を集めて、同社契約の現役アーティスト(コンピレーション発売時の)にカバーしなおしてもらった2枚組。ブックレットには、Elektraの歴史と一緒に、カバーされた元曲の収録アルバムが紹介されるといった念の入れよう。こういうのって、参加アーティストのプロモーションと旧譜売り上げの活性化も同時に狙った究極のエクスプロイテーション商売なんだけど、カバー演奏しているアーティストやコンピレーションを作成したスタッフ、発売したレコード会社のすべてから、音楽への大きな愛を感じずにはいられなかったりするのですよ。ちなみに、個人的に一番お気に入りの収録曲は、クロノスカルテット演奏によるテレヴィジョンの名曲「Marquee Moon」。



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