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April 09, 2005

バラ色の未来はポップでキャッチーな全体主義

 毎日新聞が「ネット時代のジャーナリズムとは何か」という特集を組んでいて、なかなか面白いのだけど、この中で4月7日に西正氏が「融合への道はネットリテラシーの確立」という文章を書かれている。

 読んでみたら、リテラシーを築かなければならないという趣旨にはそれなりに賛同できたけど、文頭にある「ネット側にはテレビほどの歴史が無いせいもあってか、本当の意味でのリテラシーの尺度が確立していないように思える」という切り口は、なんだか今回の「インターネット」というお題目に合わせて無理してこじつけた感があって、なんだかなぁと思った。全然ネットジャーナリズムの話じゃないんだもの。

 日本の学校教育、特に義務教育の現場においては、子供が自ら何かを判断して選んでいくというような考え方をするように教え育てることが完全に放棄されていて、その替わりに、模範解答を憶えてそれをテストで答えるという「お勉強」が奨励されている。しかも、何を勘違いしたか、お勉強の嫌いな子供を基準にした「ゆとり」まで採用したのだから立派。今となってはやりすぎちゃって、壊れた子供が増えてきたので、困っているようだけど。

 まぁ、そういう素晴らしい教育政策(またの名を「愚民政策」という)の結果、大人になっても自分の意思で何かを判断するということが出来ない人が日々大量生産されていて、オレもその一人だったりする訳だ。しかも、親がそういう状態だから、子供は学校から家に帰ってきても、自分でものごとを判断するという行為を学べる機会はまずやってこない。ここにいわゆる「創造のサイクル」が完成する。

 つまりはリテラシーなんて、今の日本という国にはどこにもあったもんじゃないということだな…。

 リテラシーの欠如した大人と子供が溢れる国は、ポップでキャッチーな全体主義へ流されていく可能性が非常に大きいし、すでにその片鱗は社会の色々なところで見え隠れしたりしている。悲観的な未来の姿はとても想像しやすくて、それがちょっと悲しいけれど、ポップでキャッチーなら良いっか(笑)。



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